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東京高等裁判所 昭和24年(わ)229号 判決

上告人 宇都宮地方檢察庁檢事正 植松圭太

被告人 青山右三郎

檢察官 鈴木正二関與

主文

原判決を破毀する。

被告人を罰金二百円に処する。

被告人が右罰金を完納しないときは金二十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

檢事の上告の趣意は末尾に添附してある檢事正植松圭太作成名義上告趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

原判決によれば被告人は昭和二十三年十月二十七日午後三時頃栃木縣河内郡富屋村大字上金井字下金井地内を荷馬車を輓くに当り約四五丁に亘つて積載材木の上に跨つてたすなを操縦したのであるがその積載材木は杉丸大約三十本百五十貫位高さ約一米位でしつかり固定しており被告人はその前端に跨り前方及び後方に対する見透は十分でたずなは両たずなでこれを両手に握つて前方を注視しながら操縱していた。その馬は当時八才で四才の時から被告人が使ひ馴らした去勢馬で性質もおとなしく暴れるようなおそれもなく又道路の交通状況は自動車の往來は頻繁でなくその間一度自動車が通つた程度であつた。なお被告人は馬車輓をしていた相当の経驗があつたというのである。而して右のような事情の下では被告人が荷馬車の上に乘つて操縱したとしても道路交通取締法第七條第二項第四号にいわゆるたずなによる安全な操縱に必要な操作を怠つたものとはいわれないから無罪だというのである。しかし車上から馬を自由に操縱できるように設備のある馭者台付荷馬車なら格別そうでない荷馬車の場合は前示のような事実関係の下における被告人の行爲はたずなによる安全な操縱に必要な操作をしたものとはいわれない。蓋しいつ何時自動車が濛々たる砂塵をあげ地響を立てて疾走し來り馬を驚かし馬がその衝激のため暴れ出さないとも限らないのである、おとなしい馬とはいえ何しろ畜生のことであるかような場合に被告人が荷馬車の積載材木の上に跨つていたのでは機宜の措置を講ずることは困難である、而して全判文を通読すれば本件荷馬車には馭者台の設備のなかつたことが推認できるから被告人はたずなによる安全な操縱に必要な操作を怠つたものと解するのが相当である。しかるに原判決が右の操作を怠らなかつたものとして無罪の言渡をしたのは法律の解釈を誤つたもので破毀を免れない。論旨は理由がある。而して本件は破毀自判するに適すると認めるから左の如く判決する。

原判決の確定した事実は前叙の通りであつてこれを法律に照すと被告人の行爲は道路交通取締法第七條第一項第二項第四号に違反し行爲時においては同法第二十八條に該当し裁判時においては右法條の外所定刑中罰金刑について尚罰金等臨時措置法第二條第一項に該当するので刑法第六條第十條によつて新旧法を比照し軽い行爲時法を適用し所定刑中罰金刑を選択しその金額の範囲内で被告人を罰金二百円に処し刑法第十八條により被告人が右罰金を完納しない時は金二十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとする。

よつて主文の如く判決する。

(裁判長 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意

原審は公訴事実を全面的に肯定して被告人の行爲は未だ以て「たずな」による安全な操縱に必要な操作を怠つたものとは認め難いと判示して無罪の言渡を爲したが次の事由により擬律錯誤の違法があるので破棄を免かれぬと信ずる。

即ち道路交通取締法に統合されて廃止された道路取締令第十八條に基く道路取締令施行規則第九條第七号(栃木縣令)に拠れば荷馬車挽が馭者台の設備のない車馬の操縱として荷台に乘つて之を操縱することは交通の危險を招來するものとし之を禁じて居た。蓋し斯る馬車には制動装置の設備がなく、牽引する馬にも眼隱し等の用具もなければ又馬目体も斯る牽引に慴されて居ないからである。而して連合軍進駐以來車馬の交通は道路取締令施行当時より愈々輻輳を極め交通取締を嚴正に実施することは我國の國際的立場よりする國家的要請にまで発展し茲に從來の自動車取締令と共に道路取締令も道路交通取締法に発展的解消を遂げたのである。されば同法が從來の交通取締方針を嚴重にすればとて之を緩和するとは考えられないところである、このことは同法が歩行者、幼兒の保護者等も処罰の対象としたことからも思われる。從つて「たずな」による安全な操縱に必要な操作を怠るとは荷車輓が車馬等の交通ある道路上に於て馬の轡を其の銜の近くを握つて歩くのを厭ひ積載荷物に跨つて荷馬車を操縦することを指称するものと解さなければならない。飜つて被告人は原審に於て陪席判事の本件荷馬車にはブレーキの設備があるかとの問に其の設置せられ居る旨を答えて居るが、被告人の言うブレーキとは立会檢事補充訊問により明らかの如く馭者台の設備のある車馬に設置されて居るような制動装置ではなく普通の荷馬車が坂を下るとき積載荷物の重量により馬が押しやられるのを防ぎ其の歩行の安全を確保する爲、荷台の車軸と路面との間に棒を差し込む様の如きものを意味するものであり、坂に差蒐る都度一々手を以てしなければ十分な効果を挙げ得ぬもので積載荷物の上に跨つて居り乍ら足では之が満足な操作を爲し得ぬものである。而も本件に在つては被告人は貨物自動車と行違ひ乍ら依然として荷物の上に跨り僅かに轡の端を持つて居たのみである。貨物自動車が進行中其の車輪で路上の砂利を飛ばすことは吾人の良く経験するところで之が馬の横腹等に当り其の衝激の爲馬の暴れることは想像に難くない。斯る場合之が制御は到底被告人の如き轡の操縱では其の安全は期し得ないところである。

然るに原審は被告人の斯る無謀な操縱の事実を認めながら之を道路交通取締法第七條に問擬しないのは法令の解釈を誤つたもので破棄されるべきものである。

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